大判例

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大阪地方裁判所 平成3年(モ)1937号 決定

原告 中嶋惠子

〈ほか一一六名〉

被告 合同製鐵株式会社

〈ほか一一名〉

右当事者間の当庁昭和五三年(ワ)第二三一七号大阪西淀川有害物質排出規制等請求事件について平成三年三月二九日言い渡された判決(以下「本判決」という)に対して、別紙「更正決定の申立書」中の別紙一及び別紙二記載の各原告ら(以下「本件原告ら」という)から、更正決定の申立があったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件更正決定の申立をいずれも却下する。

理由

第一申立の趣旨及び理由

別紙「更正決定の申立書」及び「更正決定の申立理由の補充書」記載のとおり

第二申立の趣旨及び理由に対する被告会社一〇社(以下「被告企業」という)の主張

別紙「意見書」記載のとおり

第三当裁判所の判断

一  申立の理由の要旨

1  第一点

本判決は、争点に対する判断の項において、損益相殺の対象となる補償給付の費目を列挙して特定しているにもかかわらず、実際にはそれ以外の補償給付をも含む給付額を本件原告らの認定損害額から控除したうえで、主文の認容額等を計算しているものであって、明白な計算違いである。

2  第二点

本判決は、被告企業の負担割合を年度で区分し、原告らの疾病の発症時期に対応する負担率を乗じて各原告の損害額を計算しているところ、原告山口ヤスノ、同矢間兼行、同矢内真保につき、認定された発症時期に対応しない負担率を乗じて計算しており、明白な計算違いがある。

3  右各誤謬を訂正すれば、本判決が認容した原告ら七六名中、七五名の認容額は、「更正決定の申立書」の別紙一記載のとおりとなり、また棄却された原告らのうち七名は、同別紙二記載の金額が認容されることになるから、その旨主文を更正すべきである。

二  第一点について

1  本判決の補償給付に関する記述の要旨

(一) 補償給付の費目

(1) 特別措置法関係(公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法、第一分冊一〇〇~一〇一頁)

① 医療費

② 医療手当

③ 介護手当

(2) 大阪市規則関係(大阪市公害被害者の救済に関する規則、第一分冊一〇一頁、一〇七頁)

① 療養生活補助費

② 療養手当

③ 入院扶助費

④ 介護手当

⑤ 死亡見舞金

(3) 公健法関係(公害健康被害補償法、第一分冊一〇四~一〇七頁)

① 療養の給付及び療養費

② 障害補償費

③ 遺族補償費

④ 遺族補償一時金

⑤ 児童補償手当

⑥ 療養手当

⑦ 葬祭料

(二) 原告らの受給(第一分冊一〇七~一〇八頁)

原告らは、目録四記載の給付金のうち、「大阪市規則に基づく給付」と公健法に基づく給付中「療養の給付及び療養費」を除いたその余の給付金の給付を受けている。また、原告らが、目録四記載のとおり大阪市規則に基づく給付を受けたことは計算上明らかである。公健法に基づく「療養の給付及び療養費」の給付は、現物給付として医療機関に直接支払われるものであって、原告らがこれを受給したことを認めるに足る証拠はない。(本判決第四分冊の目録四には、特別措置法による前記給付費目のうちの②③、大阪市規則による前記給付費目のうちの①②③⑤、公健法による前記七費目全部につき、患者原告にかかる給付金の内訳がそれぞれ一覧表に纏められている。)

(三) 損益相殺(第二分冊一八五~一八六頁)

原告らは、公健法の認定患者であって、その認定等級に応じて、公健法・大阪市規則の定めるところにより各種の補償給付を受けたことは前示のとおりである。そして、原告らは、精神的損害に対する慰謝料のほか、休業損害及び逸失利益等の財産的損害に対する賠償を含めた包括慰謝料を請求しているものであるから、公健法等による給付のうち、補償一時金(過去分補償)、障害補償費、児童補償手当、遺族補償費、遺族補償一時金、遺族補償金は、右の損害を補填するものに当たるものと解される。したがって、原告らに生じた損害は、右の各給付の限度において補填されたものというべく、原告らの損害賠償額からこれを控除すべきである。

2  本判決の原告らの認容額の算定方法

本判決は、各患者原告ごとの損害額を算定したうえ、これから給付額を控除し、その残額に被告企業の負担割合を乗じて被告企業負担額(更生債権額)を算出し(第四分冊損害額表)、これを弁護士費用を加えて被告企業負担総額(更生債権総額)を計算し(第四分冊損害額計算表)、右計算に基づいて主文記載の認容債権一覧表(第一分冊四一~四三頁)を作成している。

そして、右損害額表に記載された給付額(すなわち、損益相殺の対象とされた補償金給付額)は、前記第四分冊目録四記載の全給付額から公健法に基づく給付中の⑥療養手当を控除した給付額に一致することが認められる。

3  ところで、民事訴訟法一九四条所定の判決の更正がなされるためには、判決に違算、書損(誤記)その他これに類する表現上の誤謬があり、(右誤謬は主文のみならず、理由、その他判決のどの部分に存するかは問わない。)、かつ、右誤謬が明白であることが必要である。そして、右誤謬が明白であるというためには、裁判所が判決において表現しようと欲したところ(意思)が明らかであり、これと表現されたところ(表示)との間に不一致があることが、判決の全趣旨から明確に看取できなければならない。

4  そこで、このような観点に立って、前述の本判決の記述を検討する。

(一) 先ず、原告らが特別措置法による給付を受けたことは、第四分冊目録四に原告ごとの給付額内訳の記載があることから明らかというべきであるが、原告らの受給について判示した部分では特別措置法による給付については全く認定されておらず、ただ、右認定部分のうち、「大阪市規則に基づく給付を受けたことは計算上明らかである。」との記載が直前の記載と重複していることから、「大阪市規則」ではなく、「特別措置法」の誤記ではないかと推測することはできるものの、損益相殺の項においても、特別措置法に関する記述がないことからすれば、必ずしも明確に誤記と断定することもできない。

(二) 次に、損益相殺についての記述では、「公健法等による給付のうち、補償一時金(過去分補償)、障害補償費、児童補償手当、遺族補償費、遺族補償一時金、遺族補償金」を控除の対象としているところ、右にいう「公健法等」の趣旨自体明らかではないが、これを特別措置法・大阪市規則・公健法の三者を意味するものと解しても、「補償一時金(過去分補償)」及び「遺族補償金」という名称の給付については、前記補償給付の費目のいずれにも該当せず、もとより原告らが右費目の補償給付を受給した旨の認定はないから、前記補償給付の費目のいずれかの誤記と認めるのが相当であるが、これがいずれの費目をさすのか明らかであるとはいえない。

(三) また、右六費目は例示的列挙であり、本判決の原告らの認容額の算定方法のとおり、公健法に基づく給付中の療養手当のみを除外したその他の全給付を控除の対象とする趣旨であると解する余地もあるが、そうすると原告らの受給についての認定で、公健法に基づく「療養の給付及び療養費」は、現物給付として医療機関に直接支払われるものであって、原告らがこれを受給したことを認めるに足る証拠はないと判示しているところと整合性がなくなるから、このような断定もできない。

(四) 原告らの受給についての右判示から判断すれば、公健法に基づく「療養の給付及び療養費」のみを損益相殺の対象外とする趣旨と解するのが最も合理的であるようにも思われるが、これとても前記損害額表において公健法の「療養手当」のみを損益相殺の対象外としている点と明らかに矛盾し、そのように断定するだけの根拠があるともいえない。

5  結局、本判決は、損益相殺の対象とすべき補償給付の費目についての記載が不明確であり、判決裁判所の表現しようと欲したところ(意思)が、本件原告らが主張するように、公健法による給付のうち、障害補償費、児童補償手当、遺族補償費、遺族補償一時金のみであると一義的に解釈することができないだけでなく、損益相殺の対象費目を特定することもできないのであって、前記各記述のいずれに誤りがあるかも明らかではなく、ましてその誤謬が明白であるとは到底認められないから、このような不一致を簡易な判決の訂正補充手段である更正決定で改めることは許されないものと解するのが相当である。

三  第二点について

1  本判決の患者原告の発症時期と被告企業の負担額に関する記述の要旨

(一) 患者原告の発症時期(第二分冊一八六頁、第三分冊)

原告ら各人の個別事情は第三分冊記載のとおりである。

原告山口ヤスノの発症時期 昭和三六年二月ころ

原告矢間兼行の発症時期 昭和四八年初ころ

原告矢内真保の発症時期 昭和四三年ころ

(二) 被告企業の負担額(第二分冊一八七頁)

被告企業の負担割合は、昭和四六年中までに発症として取り扱った原告らについては五割、それ以降昭和四九年中までに発症として取り扱った原告らについては三割五分、それ以降に発症として取り扱った原告らについては二割の各割合とする。

2  本判決は、各原告に対する被告企業の負担割合を明示していないが、前記発症時期を基準とすれば、被告企業の負担割合は、原告山口ヤスノについては五〇パーセント、原告矢間兼行については三五パーセント、原告矢内真保については五〇パーセントとなるべきところ、第四分冊の損害額表に基づいて算定される負担割合は、原告山口ヤスノ三五パーセント、原告矢間兼行二〇パーセント、原告矢内真保三五パーセントとなっている。

3  ところで、本判決は、被告企業の負担割合を決定する原告らの発症時期について明確な認定をしているとは言い難い。すなわち、第三分冊の原告らの個別事情の集約表によれば、多くの原告らは発症時期不詳とされており、個別事情のなかの公害病の認定時期、初診日、入院歴を総合して認定していると推測されるものの、どのような基準で発症時期の区分をしたか明らかであるとはいえない。また、発症時期が具体的に認定されている原告についても、前記三名を除いて、いずれもその発症時期に対応する負担割合が適用されているものの、右原告らは、発症時期と公害病の認定時期が同一区分帯にあるから、公害病の認定時期を考慮しても負担割合に異動はないのであって、公害病の認定時期を考慮していないと判定することはできない。

4  しかるところ、前記三名については、いずれも発症時期と公害病の認定時期が負担割合の異なる区分帯に属しているのであって、前記三名について本判決が適用した負担割合は、公害病の認定時期に対応していることが認められる。

5  そうすると、判決裁判所は、発症時期を具体的に認定している原告についても、発症時期のほかに公害病の認定時期も考慮して、負担割合を判定していると解する余地もあり、単に負担割合の計算を誤ったに過ぎないものと断定することはできないのであって、明白な表現上の誤謬に該当するとは認められないから、この点についても更正決定の対象とすることはできない。

四  以上の次第で、本件更正決定の申立は、いずれも理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 白石哲 並山恭子)

〈以下省略〉

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